Red cat の数学よもやま話・新装開店

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楽しい圏論(その 3)

反変函手と双対圏

前回は函手を定義しましたが, もう一つ, 反変函手(contravariant functor)と言われるものがあります.

  1. {e}{\mathcal{M}_1} の恒等射ならば {F(e)}{\mathcal{M}_2} の恒等射である.
  2. {\mathcal{M}_1} において {xy} が定義されているならば {\mathcal{M}_2} において {F(y)F(x)} が定義されており, {F(xy) = F(y)F(x)} である.

一つ目は通常の函手(共変函手(covariant functor)と言われることもあります)と同じですが, 二つ目が変わっていて, 反変函手の場合は射の合成の順番が入れ替わります.

反変函手は, 以下のような双対圏(dual category)の概念を導入することで, 共変函手と区別することなく扱うことができます.

{\mathcal{M}} を射のクラスとするとき, 双対射のクラス {\mathcal{M}^{\mathrm{op}} = \{x^{\mathrm{op}} | x \in \mathcal{M}\}} において {x^{\mathrm{op}} y^{\mathrm{op}} = (yx)^{\mathrm{op}}} と定めます. {e \in \mathcal{M}} が恒等射ならば {e^{\mathrm{op}} \in \mathcal{M}^{\mathrm{op}}} も恒等射です. {(1_A)^{\mathrm{op}} = 1_{A^{\mathrm{op}}}} となるように定めることで {\mathcal{O}^{\mathrm{op}} = \{A^{\mathrm{op}} | A \in \mathcal{O}\}} と表せます.

このとき

  1. {D(x)^{\mathrm{op}}} は恒等射
  2. {D(x)^{\mathrm{op}} x^{\mathrm{op}} = (xD(x))^{\mathrm{op}}} は定義されている

ので, {R(x^{\mathrm{op}}) = D(x)^{\mathrm{op}}} です. 同様に {D(x^{\mathrm{op}}) = R(x)^{\mathrm{op}}} です. よって {A \overset{x}{\longrightarrow} B} は双対圏において {B^{\mathrm{op}} \overset{x^{\mathrm{op}}}{\longrightarrow} A^{\mathrm{op}}} に変換されます.

{A \in \mathcal{O}}{A^{\mathrm{op}} \in \mathcal{O}^{\mathrm{op}}} を同一視することによって, 双対圏とは射の向きを逆にしたもの, と考えることができます.

双対圏を使うと反変函手 {F : \mathcal{M}_1 \to \mathcal{M}_2} は共変函手 {F : {\mathcal{M}_1}^{\mathrm{op}} \to \mathcal{M}_2} とみなせるため, 以下は反変函手もこの同一視によって単に「函手」と言うことにします.

自然変換

最後に自然変換を定義します.

二つの函手 {F, G : \mathcal{C}_1 \to \mathcal{C}_2} があるとき, {\eta : F \Rightarrow G}自然変換(natural transformation)であるとは, 以下の公理を満たすことを言います.

  1. {A \in \mathcal{O}_1} に対して {\eta(A) \in \mathcal{C}_2(F(A), G(A)).}
  2. {x \in \mathcal{C}_1(A, B)} に対して次図は可換である.

{\require{AMScd}\begin{CD}
F(A) @>{F(x)}>> F(B) \\
@V{\eta(A)}VV @VV{\eta(B)}V \\
G(A) @>>{G(x)}> G(B)
\end{CD}}

(標数 {0} の体 {K} 上の)有限次元ベクトル空間 {V} について {V^* := \hom(V, K)} とするとき, 「自然な」同型 {V \cong V^{**}} があるのですが, この自然な, という意味は以下の通りです.

{\theta_V : V \to V^{**}}{\theta_V(x)(\varphi) = \varphi(x) \ (x \in V, \varphi \in V^*)} で定めるとき, 任意の線形写像 {f : V \to W} に対して {f^{**} \circ \theta_V = \theta_W \circ f} が成り立ちます. ただし {f^* : W^* \ni \psi \mapsto \psi \circ f \in V^*.} 実際, 任意の {x \in V}{\psi \in W^*} に対して

{\begin{align}
(f^{**} \circ \theta_V)(x)(\psi)
 &= (\theta_V(x) \circ f^*)(\psi) \\
 &= \theta_V(x)(\psi \circ f) \\
 &= \psi(f(x)),
\end{align}}
{\begin{align}
(\theta_W \circ f)(x)(\psi)
 &= \theta_W(f(x))(\psi) \\
 &= \psi(f(x)).
\end{align}}

従って次図は可換になります.

{\require{AMScd}\begin{CD}
V @>{f}>> W \\
@V{\theta_V}VV @VV{\theta_W}V \\
V^{**} @>>{f^{**}}> W^{**}
\end{CD}}

以上の証明には {V} が有限次元であることは使っていませんが, {V} が有限次元ならば {\theta_V : V \to V^{**}} は同型写像になります.

元々は, このような現象を一般化する概念として自然変換を定義するべく, 函手や圏の概念ができていったようです.

記法の約束事

今後の記法に関する約束事です.

  • 圏 : アルファベット大文字 {C, D, \dots}
  • 対象 : アルファベット小文字 {a, b, \dots}, 圏 {C} の対象の全体は {\mathcal{O}(C)} で表す.
  • 射 : アルファベット小文字 {f, g, h, \dots}, 圏 {C} の対象 {a} から {b} への射の全体は {C(a, b)} で表す.
  • 函手 : アルファベット大文字 {F, G, H, \dots}
  • 自然変換 : ギリシャ小文字 {\theta, \eta, \dots}